1年前の地震のとき

あれから間もなく一年か、、、
あの時の事を書いておこう。忘れないように。

あの時は、今の前の現場で13階のフロアでプログラマとしてせっせと仕事をしていたときだった。
強烈な揺れだった。もちろん自分が生まれて最大の地震だったと思う。
最初に縦のゆれが来た。激しい縦揺れだった。
次にデカイ横ゆれが来るぞと構えていたら本当に来た。すごいのが。

それでも、机からパソコンが落ちたりとか大きな被害はなかった。
電気もストップはしなかった。

その日はそれで仕事は中止。サーバも何もストップしたようで仕事どころではなかったと思う。
さて社員の支持に従い外に避難してそのまま解散となったが、、、。
帰ろうにも電車は止まっている。

近くの駅前を散歩したが何せ寒いし、花粉がたくさん飛んでいるようでくしゃみが止まらなかった。
とりあえず340円の立ち食いそばを食べた。
そして本屋で立ち読みして、、、、。
また駅の改札を除いたけど動く見込みは全くないようだ。

これでもう、「よし今日は仕事場に宿泊」と決めた。仕事場のあるビルの一階に戻ってきた。
13階のオフィスに戻ろうとも思ったが、エレベータ止まっているのでのぼるのが大変。

結局1Fの食堂に居座ることにした。

その間にも、ビルからは自宅に帰宅するべくたくさんの人が出て行く。
みんなどうやって帰るつもりなのだろうと思いつつ、知っている人もいないので
怪訝な顔をして眺めるのみだった。

食堂は、TVでずっとNHKが放送されていた。
そこで今回の地震のすごさを始めて目の当たりにした。
ヘリコプターからの津波の映像がとどまることなく流され続けていた。

食堂は帰宅難民でごった返すのかと思いきや時間の経過とともに人はどんどん少なくなる。
「いいな皆行くところがあって」と思いつつ自分は一晩居座りで腹を決めていた。
女房とはなんの問題もなく電話連絡が取れた。実家とも連絡OK。
姉からはメールが来た。とにかく全員無事。なにより。
Willcomのメリットを始めて実感したときだった。

女房は歩いて帰るとメールしてきた。
俺は「危ないからやめとけ!!。職場に泊まれ」と返信。
結局、無茶なことはせずに職場に泊まった模様だった。良かった。

22時ころかな、大手電機メーカの現場は非常食と毛布を支給するとの放送が入った。
早速もらいに行き、毛布と非常食をGET。

食堂に帰って椅子を並べてベッドを作り鞄を枕に毛布にくるまって寝た。

周りには少し人がいた。きっとおれのいびきうるさかったろうに。
その日は寝たり起きたり、その間もTVは付きっぱなし。
1時間ごとに起きてはTVを見た。

そうして朝を迎えた。
一人二人と食堂を出て行った。さいごには俺一人になった。
それでも外に見える線路にはまだ電車は通っていない。
結局12日の朝9時すぎまで居座った。

ようやく電車が通過するのが見えた。
毛布を畳んで、身の回りを片づけて帰途についた。

3時間くらいかけてJR、私鉄、メトロを乗り継ぎ自宅到着!!
自宅は無事。花瓶も何も転がってなかった。
女房は女房の実家へまず行ったようだ。

夕方女房も無事に帰ってきた。
そのあとはもう自宅でTVを見るのみだったかな。
思いだすのは公共広告機構のCMばかりだ。

こんなところかな。
教訓としては、
1.職場からむやみに動くな。
2.Willcomは災害時に結構強い。
またおもいだしたら追加を書くか。

今思うのは、福島原発の事故が収束してくれることだけだ。あれさえなければ、、。
日本がデフォルトになるのと福島原発事故がなかったことと引き換えにできるなら
デフォルト(国家破綻)も受け入れる。

j国家破綻したら、今健在な原発の維持も難しくなるのだろうか??
だとしたらダメだ。